樋口万太郎

樋口万太郎です。教育について自分が思っていることを語っていきます。

#512 主体的・対話的を料理で考える

僕は小学生の頃、将来の夢が3つあった。

1つは小学校の先生になること、

2つ目は料理人になること、

3つ目はガンダムパイロットになることである。

夢はいずれ叶えようとは思っている。

ある日、朝起きたら完璧な料理が完成していた。

その料理は、「僕の料理」らしい。
誰かが作ってくれていた。
その料理に対して、うれしさや技術が技術が上達したという実感は誰もわかないことだろう。
自分で料理を作るというのは、どんな料理を作ろうか、どんな手順で調理をしようか、どのような材料を使おうか、予算はどれくらいなのかを悩んだり、決定したりするものである。そういったプロセスが大切である。

一方で、そういったプロセスが全て決まっており、他人任せで、自分は何も考えないままであれば、何も実感することはできない。

上は主体的・対話的で深い学びの様子であり、下は・・・

私は料理サイトを見て、その手順や分量のまま料理をすることがある。この状態は深い学びとは言えない。ただなぞっているだけである。