樋口万太郎

樋口万太郎です。教育について自分が思っていることを語っていきます。

#462 授業改善〜4Dを目指せ⑤〜

前回、黒板に書いていることを写すということを話題にしました。

樋口学級では、

どの教科でも

・日付

・問題

・自分の考え

・まとめ

・ふりかえり

をどの学年においても書かせるようにしています。

もちろん「板書を写しましょう」と子どもたちに言う時もあります。

今年度の子どもたちには、まだ言っていないかもしれません。

 

私が4D授業においても(1D授業においても)目指すのは、

子どもたちは話を聴きながら、発表をしたり、ノートを書いたりして思考している姿

を目指しています。

また話が脱線しますが、ノートは1年の1学期から書かせるべきです。

まだ字があまり書けないからとワークシートを使用される方を多く見かけます。

1年生は他の学年に比べると、比較的に学習に余裕があるはずです・・・。

だから、1年生で取り組むべきだとおもいます。

 

もちろん最初は時間がかかります。一年生を担任しているとき、算数の問題を書くだけで15分かかったこともあります。

でも経験を積むにつれて、先生と同じスピードぐらいで早くかけるようになります。

1年生だからできないよ!」

と限界を教師の方が作るのでは、子どもたちはどんなことでも伸びません。

1年生でもできるんかも!」

そんな気持ちで、子どもたちの無限の可能性を信じながら、取り組むことが大事なのかもしれません。

 

この春、新しく先生になられた方でも、ある程度の授業観というものを持っています。

不思議なものですが、

教育実習でのクラス、

ボランティアで参加していたクラス

などからの授業観もあることでしょうが、

やはり自分たちが学生のときに受けてきた授業というのが、元になっているように思います。

学生のときに、

嫌だった授業とかはありませんでしたか?

私はひたすら計算プリントをしたり、

ひたすら漢字の練習をしたりする時間が嫌いでした。

でもあるとき、私は気がついたのです。

同じことを教師としてしていることに。

 

みなさんもそんなことありませんか?

あんだけ嫌だと思っていたのに、同じようにたくさん宿題をだしてるとか、、、。

 

 

そして、そういった状況からいつの間にか

授業における「あたりまえ」が出来上がっているように思います。

#461 授業改善〜4Dを目指せ④〜

先日、校内研究会で1年生の算数授業で指導助言としてよばれたとき、次のようなことがありました。

 

授業中「手を膝の上において、話をききましょう。」

協議会「うちの子どもたちノートがなかなか書けないんです。」

 

思わずツッコミを入れたくなりました。

みなさんもツッコミを入れたくないですか?

そりゃそうでしょ。だって手を膝の上に置いているわけだから、ノートは書けないでしょ。

それならノートを書く時間を確保してあげましょう。

でもそうなると

「ノートに何を書かせるのですか?」と質問をされます。

 

「黒板に書いているのを写すのですか?」という子どもがよくいます。

この子の気持ちを考えてみてほしい。

そういった子たちの気持ちを正確に聞いたことがないから、わからないところもありますが、

・どうして黒板を書かないといけないのだろう・・・

・めんどくさいな~

といったマイナスの気持ちの方が多いのではないかと想像する。

もしプラスな言い方であれば、

「先生、黒板書いていいですか?」

というように聞き方が異なるはずです。

どうしてマイナスな気持ちになるかといえば、ノートに写すという必要性を感じていないからです。

教科書に載っている知識だけが羅列されたような板書であれば、教科書を見ればいいのです。

最近ニュースで大学生が講義後に板書をスマホで写真を撮るという記事を見ました。

これは大学生に限らず、教員の世界でも同じことが言えます。

研究会で研究授業で行われたあと、板書を写真に撮られる方がいます。

講演会などで前に映し出される資料を写真に撮られる方もいます

こういったことに賛否両論ありますが、基本的に私は賛成の立場です。

こんな板書であれば、こんな資料であれば「どうぞどうぞ」というのが私のスタンスです。

ただSNSなどでアップするのはやめてほしい。

ただ、写真を撮られない方もいる。大学生の場合も同様だろう。

写真を撮る方には、写真を撮るという「必要感」がきっとそこにあるはずである。

大学生も「テストに出るからそのために!」という必要感があるから、撮っているのではないでしょうか。ただ、それを有効利用しているかは別として・・・。

 

続く

#460 授業改善〜4Dを目指せ③〜

前回、アクティブ・ラーニングという言葉が出て以来、一斉授業が悪のように扱われると書きました。1D=一斉授業と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

本当に一斉授業は悪なのでしょうか。

しくじり先生」というテレビ番組がありますが、みなさん知っていますか?

これまでの「しくじり体験」を伝え、その中から教訓を学ぶという番組です。

このとき、子ども役の芸能人は座ったまま、教師役の芸能人の話を聞いています。

基本的には教師が一方的に話をします。

そして配布された教科書を見ながら、進んでいきます。

教師が一方的に話をしている一斉授業です。

しかし、児童役のどの芸能人も目を輝かせ、笑顔になったり、つぶやきが聞こえたりと、アクティブになっています。

つまり1Dであっても、

・教師からの指導言

・教材

・授業展開

などに応じて、子どもたちをアクティブにすることができます。

「アクティブ・ラーニング」というキーワードが出てきて以来、ただグループ学習をすればいいとった誤解がひろまったように思います。

 

 

#459 授業改善〜4Dを目指せ②〜

前回の続きです。

 

Dとは自分の席に座っているということです。

D授業では、考えや答えを立って言う以外の45分間の大部分は自分の席に座っているということになります。

 

この状態が支援のいる子たちにとってはしんどいのです。45分間座っておくことが難しいため、動いてしまうのです。

その結果。このことに悩んでいる先生が多い。

しかし、ここで考えてほしい。

 

そもそも45分間近くずっと座っておくことは、大人でもしんどいことではないでしょうか。

 

特に1年生の子達にとっては、これまでの幼稚園や保育所と大きく違い、とてもハードルが高いのではないでしょうか。

だから、ある意味動いてしまうのは仕方のないことではないでしょうか。

さらに

足はぺったん、背筋はピシッ、机とお腹の間は握りこぶし一個分

といった指導が1年生ではよく行われます。

この状態で45分・・・。

私は無理です笑できる自信がありません笑

さらに言うと話を聴くときは

手は膝の上という指導もよく行われる。

これも45分間続けるということはしんどくないでしょうか。

みなさんはできますか?

職員会議とかでみなさんはこのような状態なのでしょうか。

支援のいる、いらない子に限らず、この状態を求めるから、歩き回ったり、動いてしまう子がいるのではないでしょうか。その結果、歩い回ったり、動いてしまう子が目立ってしまうのです。

そもそも何のために、

・手は膝の上

・足はぺったん、背筋はピシッ、机とお腹の間は握りこぶし一個分

ということをしないといけないのでしょうか。

 

ただすべてを否定しているわけではありません。

例えば、しっかり話を聞かせたいときには有効だろうし、話を聞くという姿勢といったマナー面もある。さらに学習に臨む姿勢としては必要であるだろう。

靴を踏みながら、足が机からでている、椅子のように正座をしているというような状態では、やはり学習に臨む姿勢としては・・・。

 

話を戻そう、4D授業で大切なことは逆の発想です。

歩いたり、動いたりするという状況を作れば、歩き回る子や動き回る子が目立たなくなります。

という発想が2D,3D,4Dにつながってきます。

 

またアクティブ・ラーニングというキーワードが出てきて以来、一斉授業が悪のように扱われるが、私はそうは思ってはいません。

1Dについてはまだまだ述べたいことがあるので、次回に書きたいと思います。

#458 授業改善〜4Dを目指せ①〜

先生方から

「支援のいる子たちが立ち歩きをしてしまう」

「なかなか落ち着いて座れない」

といった授業に関する悩みを相談されることがあります。 

様々な要因を考えることができますが、

その要因の1つとして今の授業スタイル、

授業中における子どもたちの活動している姿が関係していると考えています。

上のような悩みを抱えている方は、

Dの授業を行なっていることが多いように思います。

 

授業者が意識しないといけないのが、

「子どもたちを授業中、4Dに動かす」

ということです。

「動かす」というよりそういった場を提供するといった方がいいのかもしれません。

この4Dが子どもたちをアクティブにする秘訣でもあると考えています。

4Dとは授業中の子どもたちの様子と思ってほしい。

その4Dって、なんなんだと思われていることでしょう。

イメージとしては3D、3次元をイメージしてもらいたい。

現実の世界は3D、3次元の世界である。

それにも関わらず、授業では1Dになっているということが多いということです。

Dに一つ加えての4Dです。

 

では、4Dとはどのようなことなのかを説明していきます。

Dには段階があります。

1D→D→D→Dという段階があります。

 

まずは1D。

Dとは、1次元、点のことです。

1Dとはただ自分の席に座って、学習をしている状態のことです。

この1Dは、授業の基本型でしょう。

「主体的・対話的で深い学び」といったキーワードが近年注目を浴びていますが、

この1Dの状態を改善しないといけません

ただし、1Dが絶対にダメというわけではありません。

 

ただ・・・(次回に続く。)

#457 プログラミング教育とは

プログラミング教育とは

子供たちに,コンピュータに意図した処理を行うように指示することができるということを体験させながら,将来どのような職業に就くとしても,時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育成するもの                              ※太字は筆者が加筆

である。

現在,このプログラミング教育に関する実践が増えてきている。

しかし,それと同時にプログラミング教育に関する誤解が生まれてきている。

プログラミング教育を進めていくうえで確認しておくべきことは,

時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり,コーディングを覚えることが目的ではない                        ※下線・太字は筆者が加筆

ということである。

コーディングとは,プログラミング言語を用いて,コンピュータが処理可能な形式のプログラムソースコード)を記述することである。

コーディングを覚えないといけないということは誤解である。

小学生のうちはプログラミング自体を学ぶのではなく、プログラミングを通して各教科の理解を深めることが大切である。

中学校では技術・家庭科(技術分野)でプログラミングに関する知識を学び、高校では情報科でプログラミング、ネットワーク、データベースなどを網羅的に学習する。

小学校は文字入力や基本的な操作を学びながら「プログラミング的思考」を育むことを目的とされている。

そのプログラミング的思考とは,

自分が意図する一連の活動を実現するために,どのような動きの組合せが必要であり,一つ一つの動きに対応した記号を,どのように組み合わせたらいいのか,記号の組合せをどのように改善していけば,より意図した活動に近づくのか,といったことを論理的に考えていく力             ※下線は筆者が加筆

ということである。

プログラミング的思考とは、論理的に考えを進める、組み合わせる、振り返るなどといった各教科に共通する考え方のことである。

 

(参考・引用文献)

中央教育審議会平成28年12月21日)「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」

 

・小学校段階における論理的思考力や創造性,問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議

「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)